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爆弾魔

ヨルシカ

マリボー

 

 親友が自殺した。
 だから私は、爆弾魔になる事にした。

 四時間目が終わり、昼休みのチャイムが鳴る。
 キーンコーン、カーンコーン……
 ガタン、ゴトゴト……と席を立つ音がして、ざわめきが校舎を満たす。
 いつも通りの日常の中、放送室のスピーカーのスイッチを入れると同時にスマホの音声録音アプリを再生した。
 サー、というノイズと少しのタイムラグの後、電子音で作成したメッセージが流れる。
 
『この校舎に、爆弾を仕掛けました。
 あと30秒で校門が爆発します』
 
 一瞬の沈黙が落ち、ざわざわとした空気が流れた。
 ……3、2、1、0!
 カチリとスイッチを押すと、ボウン! と大きな爆発音が響いた。直後、キャアアアア! と悲鳴が聞こえる。
 まずは成功。ネットで拾った作り方だけど、そこそこ精度は悪くないらしい。
 ほっと息を吐くと、バンバン! と放送室のドアが叩く音がした。ガチャガチャとノブが乱暴に回され、怒鳴り声が響く。
「おい! 誰だ、ここを開けろ!!」
 この声は、生徒指導の鬼塚か。無駄無駄、対策してない訳ないでしょ?
 入口は封鎖して、念の為バリケードまで築いてある。これなら暫く、機動隊とかが着くまでは持つだろう。多分。
 『放送室』とタグに書かれた鍵を目の前に掲げてにやりと笑った。今頃職員室ではパニックになってるんじゃないかな?
 こっそり持ち込んでいたコーラとスナック菓子の袋を開けて、私はとりあえず祝杯を上げた。

 

 私物のノートパソコンを操作して、校内の監視カメラに繋ぐ。教育現場のシステム化やリモート授業の普及の一貫で、最近はスマホからも教師が校内の様子を確認出来る様になっている。外部アクセスからのセキュリティは厳重らしいけど、内部からはザルそのものだ。親友から教えて貰ったパスワードを入力すると、あっさりシステムの中に入れた。
「おーおー、集まってる集まってる」
 放送室前は、教師や物見高い生徒達の人だかりが出来ている。カメラを切り替えると、教室には不安そうな顔の生徒達が席に着かされていた。今のところ、計画は順調だ。
「真由……」
 親友の名前を口に出して、奥歯を噛む。
「なんで死んじゃったの」
 ぼろりと涙が溢れて、慌てて制服の袖で目元を拭った。目玉が溶けるくらい泣いたのに、まだ涙は出るらしい。鼻の奥がつんと傷んで、ずず、と鼻水をすすった。
「あいつだけは、絶対許さない」
 監視カメラを切り替えて、その姿を探す。――居た。
 周りより頭ひとつ大きい身体をした新任の体育教師、|片桐 侑大《かたぎり ゆうた》。
 まだ20代の前半で、若いイケメンの先生が来たってクラスの子が騒いでいたのは一学期の初め頃だ。
 あの頃は、こんな事になるなんて思ってもみなかったのに。
 片桐を睨みつけて、唇を噛み締めた。荒れ狂う心を抑えながら職員室を写すカメラを固定にして、私はキーボードに指を走らせた。

 真由と初めて会ったのは、高校の入学式だった。
 体育館に並べられたパイプ椅子にぼんやり座っていると、隣に座ったのが背の高いスラッとした美人で、明るく染めた長い髪に今まで関わった事が無い人種だと警戒したのを覚えている。
 びくびくした空気は向こうにも伝わっていたらしく、尻尾を逆立てた猫みたいだった、と仲良くなった後で笑って言われた。
 クールで近寄りがたい第一印象とは裏腹に、明るくて話しやすい真由はクラスでも中心の存在で。背が低くて短い黒髪をした、あまり周囲に溶け込めない私とは正反対で、どうして仲良くしてくれるのかいつも不思議だった。
「なんか、馬が合うんだよね」
 いつだったかそんな事を言って、ふへへ、と照れ臭そうに笑った顔が浮かんで目の奥が熱くなる。部活も趣味もまるで違うけど、放課後の教室で私が本を読んでいる時に、真由は黙ってスマホを弄っていて。夕陽が差しこんで教室の中がオレンジ色に染まるまで、紙をめくる音が時折響くだけの、その静かな時間がとても好きだった。

「ちょっと困った事になったんだよね」
 真由が珍しく顔をしかめて話していたのは、二年に進級して6月に入った頃。
 部活の友達に付き合って、アルバイトを始めると春先に話を聞いていたのだが、バイト先でトラブルが起きていたらしい。
 それから二週間も経たないうちに、真由は学校を休むようになった。LINEで聞いても、『ごめん、何でもない』と返ってくるばかりで。心配になって家まで行ったが、アパートの部屋のチャイムを押しても応答が無かった。
 仕方なく自宅に帰って、しつこいと思われても電話してみようかと考えながら悩んでいると、不意に真由から着信が入った。
『……今、会える?』
 泣いた後みたいな声に、一も二もなく頷いて家を飛び出して、待ち合わせのカラオケまで行って。
 頬をひどく腫らした真由の顔に、凍り付いて二の句が告げられなくなった。
「酷いでしょ。びっくりした?」
 長い顔をかきあげて、痛そうに笑う真由に何と言ったらいいか分からなくて、ただ頷いた。
 それから真由は、全てを話してくれた。片桐が高校の同級生だったヤクザとつるんで、売春の斡旋を行っている事。部活の友達に誘われたバイトが現役女子高生を売りにした出張風俗店で、もちろん違法だけど皆弱みを握られて抜けられないでいる事。
 警察に話したら、家族や友人にまで危害を加えると脅された事――
 ぽつぽつと、泣きながら少しずつ話してくれる内容を、黙って聞く事しか出来なかった。
「……軽蔑した?」
 最後まで話した後で、そう言われて。泣きそうな顔で首を横に振ると、真由は苦しそうに笑った。
 
 真由が校舎の屋上から飛び降りたのは、その次の日だった。
 連絡が来たのはクラスの全体LINEで、最初は意味が分からなかった。
 呆然としていると、真由からメールの返信があった事に気が付いて、慌てて開く。
 メールにはQRコードと、『ごめん、大好きだったよ』という言葉だけで。
 QRコードを開くと、片桐への告発動画と証拠になる写真や動画がクラウドに保存されていた。

 

「ここを開けろ!!」
 教師たちの怒号が響く。今頃は犯人が私だって知られてる頃だろうか。
 カチリと別のスイッチを押すと、屋上からボウン! と爆発音が響いた。
 ウー……、と遠くにサイレンの音がする。消防が到着したか、機動隊はまだかな?
 カタカタとキーボードを澱みなく打ちこんでいく。もう少し、もう少しだ。
 ドウン! と、今までとは比べ物にならない重低音が響いた。
『無駄な抵抗は止めろ!』 
 やっと機動隊が到着したみたいだ。
 ドウン! ドウン!
 数回ドアが大きく揺れた後で、バキバキと音を立てて扉が壊される。バリケードが崩れ落ちる中、キーボードに最後の一文字を打ちこんだ。エンターキーを押すと同時に、機動隊がなだれ込んでくる。
「取り押さえろ!」
 次々と押し寄せる機動隊にもみくちゃにされながら、私はにやりと笑みを浮かべた。
 ――ザー……
 放送室のモニターにノイズが走る。次の瞬間、パッ、と画面に真由の顔が映った。
『……これから、私の身に起きた出来事を全てお話します』
 真っ直ぐに前を見た親友は、今まで見た中で一番堂々として最高に恰好良かった。
 片桐が「放送を止めろ!」と怒鳴っているが、次いで職員室中の電話が鳴り響く。
 私が最後に仕掛けたコンピューターウイルスは学校のシステムを乗っ取って、教室のモニター、生徒や親のスマホ、関係者、その他あらゆる連絡先に動画を拡散し続けていた。
 
「真由の馬鹿野郎」
 勝手に一人で行くな、馬鹿。
 
 騒音の中で呟いた声は、誰に拾われる事も無かった。

マリボー

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