花一匁
無名紡戯
夜更かしって最強になれるみたいで、好きだ。ぐいっとエナジードリンクを飲んだらもう無敵。髪乾かしてないけどたまにはいっか。
創作は何でも好き。小説、イラスト、漫画、作詞作曲。ハンドメイドも最近かじり始めた。趣味の創作は縛りがなくて最高。それをやってるあたしって、最強。
夜更かしをしてわざわざする創作は何だってできそうな気がする。
趣味だって、創作独特の『生みの苦しみ』はある。そういうしんどさの足掛かりになる完成させた作品たちっていうのは、こういう何でもない時、好き勝手に作るものだったりもする。
今夜は久しぶりに作詞作曲でもしちゃおうかな。
鼻歌混じりで色々な案を自由気ままに出しては気に入ったものだけ残して打ち込んでいく。楽器を持ってなくてもできなくても、いくらだって音楽を作れるツールがあるんだからいい世の中。
でもあたしが気に入ったフレーズも、気に入った曲調も、どこかで聞いたことがある気がするものばかり。今作って聞き返した一分足らずの音源すらそんな感じ。こういう時に、少しくじけそうになる。
現実逃避に時計を見る。日付をまたいで、まだ一時間と四十分。
あたしが作りたいものの上位互換はこの世にあふれている。けれど完全に同じではないから、自分好みにカスタマイズする。言葉って難しいから、構図ってどうしてもパターン化するから。言い訳ばっかりだけど、あたしは天才じゃないしただの趣味範囲の活動だから、それが精一杯で。
夢中になって音を重ねていく。一晩で作るから一分ギリ満たない長さの音源。もっと語彙力と表現力が欲しいなと考えながら、思いついたフレーズを書きなぐる。
創作中毒、創作せずにはいられないひと。聞こえはいいけど辞められないだけだ。リアルじゃ吐き出せない気持ちや空想を創作にぶつけてるだけ。一種の惰性と現実逃避の産物があたしの創作物である。
うん、これにしよ。使わなかったものが書かれたメモだけぐしゃっと握りつぶしてゴミ箱に放り込む。歌詞をPCのメモに打ち込んだらメロディーラインを作る。とりあえず動画は一枚絵でいいかな、突発的にやってるし。
全部あたし一人でできるのが、あたしの魅力。半分自分に言い聞かせながら久しぶりに液タブを引っ張り出す。
いつもはただのオフィスレディ。OLって昔ちょっと素敵な響きだったけど、やってみたら正直ただの会社員。事務職一筋で早数年。慣れてきたらあとはルーティン化。最初は初々しく精一杯頑張って皆に愛想振りまいたり、えらい人と話すときちょっとだけかわいい声出してみたりしてきたけど数年たったらばかばかしくなってきて自然にやらなくなった。もうそんなことするのはわかりやすい媚売りに見えて恥ずかしいなあ、って思うようになった頃にはほどほどな愛想笑いと顔色伺いを覚えちゃって。
そしたら毎日毎日、起きて、会社に行って、仕事をするだけ。たまに残業して、たまに楽しい寄り道をして、それから家に帰る。ご飯食べて、お風呂入って、面倒くさいなって思いながら肌やら髪やらのケアをして、家事もほどほどにして眠る。休日は溜まった家事をしたり、何もせず堕落したり、創作したり、人と逢ったり。それの繰り返し。平々凡々、ほどほどに幸せ。そりゃあずっと同じ感じだからたまに退屈だけど、それを抜け出してはみ出たことをやる気力はない。
その代わりに創作活動を趣味にして、あたしはそこで自由を謳歌する。気持ちはいつだってワンチャン狙いながら、所詮趣味の凡人だしって諦めてる。矛盾の中でも、楽しさと苦しさであふれてるこの場所が大好き。好きでやってるから、趣味という個人の自由の中でやってるから、弱音も吐いてらんない。
何もかも辞めたいな。それで世界中を旅とかしたいな。そんな風に夢ばっかり語れるような純粋さはどっかに落としてきちゃったみたい。今日も明日も明後日も、そんなことをこっそり思いながらこうやって生きていくんだろう。いつまでそんなことできんのかな、と不安すらよぎる。でもそんな、あたしのことを知ってる人からすればらしくないとか、弱音とか、吐き出せる恋人はもう手放しちゃって。しょうがないなあって笑い飛ばしてくれたからっとした笑顔が記憶をよぎって、らしくない執着心が頭をもたげる。振り払うように首を振った。友達もあたしのこういうところ知ってるもん。大丈夫。
気を取り直して録音開始。作ったばっかりの曲に魂を吹き込むように! なんてベターな表現が似合うくらい情熱的に詩を歌唱。いい感じじゃない? 最近一人で練習した『がなり』は過去一の出来栄え。チェック。よし。下書きで手を止めてたイラストを仕上げて、組み合わせて、あとはいつものSNSにアップするだけ。最終確認しよう、うーん、最高。あたし天才かも。
……嘘、やっぱりどこかありきたりな感じ。
一瞬手が止まる。
唯一無二になりたいな、誰かの。わかりやすく。でもそれって、あたしが今やってることにあたし以外の人からの意味がほしいとあたしが思ってるからだ。それに依存するとよくないのは絶対そうだって言い切れるくらいにわかってるけど、そういうのを全力で欲する時もある。
そりゃそうだ。創り上げたものをこうしてアップロードしてる時点で多かれ少なかれ承認欲求はある。あたしがやってることは間違ってないって共感と、あたしがやってることへの自己満足以外の意味。誰かのためになんて嫌なくせして、そういうのを心のどこかで求めてる。
あたしはすぐ欲張りになる。一個を極めりゃいいのに、あれもこれもほしいって求めて、手に入ったり入らなかったりを繰り返して、今だってどれも中途半端な創作活動。マルチなんてかっこつけた言い方してるだけだもんね、って自嘲しながら動画をアップする。
『FULLverは後日』なんてタグを、次の約束がないと作らなそうだから逃げ道をふさぐためにつけた。すぐに評価数のカウンターが回って驚く。真夜中でしょまだ、と見た時計の針は午前五時をさしていた。
え、もう朝? 夢中になってて全然時間のこと気にしてなかった。遮光カーテンを開いたら朝日に目がくらむ。無敵な最強にはなりきれないまま朝になった世界に舌打ちを一つ。
ずっと夜なんて明けなくていいのに、と我儘な本音をこぼしながら片付けをする。立ち上がって伸びを一つ。ばきっと鳴る関節にため息。寒くなったら着ようって適当に置いたTシャツを拾う。あーあ、しわがとんでもない感じに。洗い直しちゃお、と洗濯機に放り込んだついでに洗顔と歯磨き。スマホの画面を見て、ごみの日を勘違いしてたことに気付く。明日かあ、じゃあ明日も早めに起きないといけないから、今日は残業なるべくしない方向で頑張って早く寝ないと。アラームの時間もちょい早めで、でも今セットしたら後で鳴るから後にしよ……あ、髪バサバサ。これはアウトだわ、綺麗にセットし直さないと。
いつもよりうんと早い朝だから余裕持って優雅に過ごそうと思ってたのに、結局いつも通りになりそう。
久しぶりに徹夜したなあ、もうそう簡単にそういうことできる年齢じゃないのに。うっかり夢中になって体を壊したくはないから、気をつけないとね。
「じゃあ今日も、ほどほどにやるかあ」